May 10, 2004

ルンピニー公園のナイトバザール

今日、フラフラとバンコクのナイトバザールのことを、再度調べてみると、やっぱりあるみたい。だけど、僕が探していたところからはちょっとずれてて、こんな大規模なものだとは思わなかった。今度行ったときには覗いてみよう。

バンコクの雑貨店(ルンピニバザール)

May 06, 2004

バンコク旅行記(6)

<5月4日(火)-チャイナタウン再び・インド人街・ルンピニー公園脇ナイトバザール探し・パッポン通り>

明日の早朝、いよいよバンコクを発つ。ホント、早いもんだ。ゲストハウスのテラスで一人、地図を広げていると、あぁこんなところにもまだ行ってなかったな、そういえばここも定番スポットなのにいまだに行ってないや・・・なんてことをツラツラ思っていたのだが、まあ1週間で動けるレベルってのはこんなものなのかも知れない。
今朝になってようやく気づいたのだが、ダニに全身噛まれてしまっているみたいだ。昔、ルーマニアの修道院に泊めたもらったときに南京虫にやられてしまって以来久々に全身斑点だらけだぜ。やたらにかゆい。4日目ぐらいまでは蚊にさされていると思い込んでいたんだからホントお間抜けだ(セブンイレブンで蚊取り線香物色してりなんかして・・・)。バンコクの熱気に思考能力が溶けてなくなってしまったか!
次回の旅からはちゃんと痒み止めのクリームも持ってくることにしよう。あーボリボリ。

で、今日は何をする?

2日目に行ったけど、足のマメのおかげで十分に歩ききれなかったチャイナタウンと、チャイナタウンの近くにあるインド人街を覗いてやろう。
あと、そう、みやげ物を買わなくては!会社関係ばかりだが、1日有給をいただいての旅行なので、たいしたものを買うことはできないけれど、それなりに特徴あるナイスなおみやげ物を探そうと思う。どこで買うかについては、宿のインターネットカフェでサーフィンしているときに仕入れた情報なのだが、ルンピニー公園近くでナイトバザールを毎晩やっているらしく、そこならいいものをそれなりの値段で見つけられるのではと思ったのでそこにしよう。

ほな、動きますか。

<インド人街>

今回の旅行は急にチケットが手に入ったこともあり、ほとんど予定を立てずに来てしまったのだが、無計画なりに考えていることはあって、そのひとつがインド人街だった。最初にバンコクに来たのが9年前で、最後に来たのが6年前。当時はスカイトレインなんかもなくて、街めぐりを安く仕上げるには「バス」が一番の乗り物だった(と思う)。で、バスばっかり乗っていたのだけど、頼りのバスマップが結構見にくいんだ!それにバンコクの道ってのが、結構都市計画無視したような複雑な作りになっていたので、バスにのっていても自分が今どこにいるのかが分かんなくなってしまうこともシバシバ。気がつくと全然知らない通りにいたりなんかして。。。
学生生活を碁盤目状で非常に分かりやすい都市構造になっていた京都で過ごしていた僕には余計に難しく思えたのだ。
だから学生の頃のバンコクの印象は「面白い街なんだけど、、、分かりにくい」ってものだった。分かりにくいから、当時訪れるのを断念したスポットがいくつかあった。その一つがインド人街なのだ。
あれから、多くはないけどいくつかアジア、中東、ヨーロッパの国々、色んな街を巡る中で街歩きの勘みたいなものは多少ついてきた。今回の旅行も何度か、迷うことはあったけど昔に比べると、うん、「街がよく見える」感じがする。

さて、インド人街へはカオサンからは53番のバス-先日チャイナタウンに行くときに使った-で行くことにする。53番バスはいつも結構早く来る。便利だ。
乗りはじめて10分ぐらいすると、タマサート大学やワットポーがある界隈を通る。今回の旅では結局、寺には全然行かなかったなぁと今更になって思ったりする。

さらに、数分進んだところの橋を渡ったところで降りた。実際にはもう一つ向こうの橋の辺りで降りたほうが良かったのだが、ボーッとしていて間違えてしまった。地図を片手にブラブラ歩いているうちにインド人街があるらしいパフラット通りにでたのだが、それらしき界隈が見つからず気がつくとマーケットの中に入り込んでいた。地図によると多分、PHAHURAT市場か、SAMPENG市場だとかってところだったと思う。屋根のある狭くて長い通りの両側に店がひしめき合っている。雑貨から、果物から、肉から、生魚まで、ありとあらゆるものが揃い、店員の声もけたたましい。かと思うと、ぐっすり昼寝しているのもいたりして。狭い道の真中に足の不自由な男性が物乞いをしていたり、音楽テープの入ったプレーヤーを肩にかけて歌をうたい報酬を得ている盲目の女性もいた。旅前半に訪れたウィークエンドマーケットよりもより雑然として、生々しい感じのする、生活感溢れる市場だった。ここに来る予定は全く無かったのだが、人々の活きている感じがビンビン感じられるこんな空間は思わず気分が高揚してしまう。市場のジュース屋フレッシュジュースを買い、また一旦市場のもと来た道をたどり入り口についた。もう一度、入念に歩き回ってみると、うんうん、ちょっとインド系の顔立ちの出現率が高まってきているぞ。でも、PHAHURAT通りを歩いているだけでは今いちピンとこない。なので、彼らが出たり入ったりしている細い通りに入ってみることにした。するとアラ不思議。そこはもうすっかりインド世界。あるいている人たちがすっかりインド系の人たちばかりになっただけでなく、ヒンドゥーの神々の画があったり、カレー屋さんがいっぱいあったり、インド映画のDVDショップがあったり、サモサ屋台があったり。。。こんな細い路地のところに小インド世界があったんだ!華僑の人たちの派手な動きに比べると、いかにもつつましやかな風にみえるのだが、確かにここにはインドワールドがあった!できれば、おとずれた記念にここでカレーを食っていきたかったのだが、今イチ腹がへっていなかったため、今日はどんな店があるのかだけを見てとりあえずは後にすることにした。今度、バンコクに訪れるときにはここに食べにこよう。

<再びチャイナタウン>

インド人街を離れ、次にヤワラー通りに入った。チャイナタウンの細い路地を今日は、色々歩いてみようと思っていた。んーひさかたぶりの路地はやっぱりなんだか訳がさっぱりわからない。よくわかんないおもちゃが売っていたり、家電品が売っていたり、通りを構成するための一本の筋みたいなものが見えない。カオスだなーと思う。だから面白い。フカヒレの店やつばめの巣が食べられる店が軒を連ねていた。フカヒレが小さいので300Bぐらいで食べられるらしい。結構あるきつかれて、腹もへったのでどうしようかなーと迷ったが結局、屋台でおばちゃんが作ってるものが旨そうだったので20Bのそれを食べることにした。そいつは、お米でつくったお餅のようなもののうえに、肉とかネギをいためたやつ(中国のお酢も結構かかっていた)をぶっかけたものだ。結局なにものか分からなかった。味も悪くないが、うまいのかどうかも判断つかず。んー不完全燃焼な遅めのランチ。

<ルンピニー公園ナイトバザール探し>

で、すっかり夕方。再びバスにのって、ルンピニー公園へ向った。こちらに来てからインターネットカフェで、ルンピニー公園近くで毎晩ナイトバザールが開かれているという情報を入手した。日本の会社の仲間へのお土産はここで買おうと決めていた。バスが大変な渋滞につかまってしまい、ルンピニー公園につく頃にはもう暗くなってしまっていた。手元にお金がまったくなかったので、一旦シーロム通りにいって両替をした。で、戻ってきてからルンピニー界隈を歩き回ったのだが、バザールが見つからない。公園の周りを半分ぐらい回ったところで公園の中に入った。中に入ると、ジョギングをしている地元の人たちが結構いる。風も涼しい。夜のルンピニー公園って、意外に雰囲気があっていいんだなぁなんて思いつつ、ベンチに腰を下ろして小休憩。昼から歩きっぱなしの足もちょっと復活して再び探索開始。公園をだいぶ歩いた。でもバザールが開かれているっぽい明るい空間が見つからない。「情報が古かったのかな」と思った矢先、屋台が立ち並んでいるスペースを発見!「あれだ!」と心のなかで小さくガッツポーズをしながら近づく。そこは公園の外の脇のところに十数店の食べ物屋台が立並ぶ小さなフードマーケット的な空間だった。活気があり、家族だったり、会社の同僚同士っぽいグループだったりが、小さな土鍋をつついていた(トムヤムクンとか食べてるのかなぁ)。でも、Tシャツや工芸品とかが売られているという場所ではなかった。ちょっと違ったみたいだ。残念、やっぱり見つけることはできなかった。フラフラと後戻りしようとしたころ、車のブレーキ音が大きく響いた。なに!と思ってみると、乗用車同士が衝突事故を起したのだった。RATCHADAMRI通りでの出来事だった。屋台で鍋つついている人たちも総立ちで、事故現場のほうを向いていた。僕もしばらく見つめていたが、バザールを見つけられなかった残念さのほうが大きく、その場をすぐに離れた。あー足が重い。ルンピニー公園の銅像の下で、両手両足広げて寝転がった。あと数時間もすれば宿をチェックアウトして、空港へ向わなければならない。だけど土産ものがゼロ。参った。どうしようかなと悩んだ挙句、しょうがない!パッポンに行こうと決めた。

<パッポン通り>

パッポン通りに入る前に、シーロム沿いでいくつかTシャツ屋を冷やかした。そのなかにイカしたシャツを売っている店があったので、交渉を開始してみた。襟つきのTシャツで、ヤンキーの子たちなんかが着そうな風のあるシャツなんだが、書いてある文字が「蔵出本醸造」とか訳のわからない日本語が書いてあり、それが面白かった。店のお姉さんの言い値は当初1着400Bだったが、何回かやり取りをしてすぐに220Bぐらいまで下がった。2着買った。それから同じ店で土産用にTシャツを数枚かった。同じ店でまた交渉すると、やりやすい。こちらは1着130Bで購入。
パッポン通りのなかに入ってみると、店がギッシリ。あとキングスグループのパブの呼び込みが激しい。Tシャツのデザインも多岐にわたる。日本語Tシャツも種類が色々あって、全部ほしいなぁとおもったけど、そこまでの予算は無い。「糞」と大きな文字で書いてあるのがあったが、さすがに閉口した。だれが教えたんだ?でも売っているおやじはあっけらかんと「クソ、クソ」を連呼している。おかしな通りだ。それ以外にも「SAME SAME」とだけ書かれているTシャツもあった。旅行者と売り手の間でよく交わされるフレーズをとったんだろうが、なんか良い。さらによかったのはそのTシャツの横に「BUT DIFFERENT」とプリントされているTシャツも売られていたことだ。「SAME SAME」 「BUT DIFFERENT」。「同じ、同じさ」「(フフフ)だが、ホントは違うんだよ」。タイの商売人の本音が聞こえてきそうな、この組み合わせを日本の仲間に来てもらいたいなあと思ったが、店のお姉ちゃんがやる気がなく、交渉がうまくいかなかったので残念、断念した。パッポン通りでは2枚ほどTシャツをかったが、びっくりしたのは通りの外と中では交渉のスタート値が全然違うこと。Tシャツで比べたばあい、通りの外だとだいたい180~250でスタートしたのに、中に入ると平気で450Bぐらいからスタートする。450Bなんて、1000円越えているわけだから、日本で買うのと変わらない。ツーリストプレイスの価格設定の大胆さを改めて実感。

<最後の宿の夜>
宿に戻ると22:00を過ぎていた。部屋にもどり、シャワーを浴びて、簡単なパッキングを済ませた。それから街にでて、簡単な夕飯をとった。最後の夜だからと言って、とくに食うものが変わることもなく、屋台で数種類のおかずをぶっかけて45B。持ち込んだ缶ビールが体にしみ入った。散歩しながら再び宿に戻って、瓶ビールをのみ、エアポート行き乗合バスが来る時間までしばらく眠った。午前3時に目が覚めた。1Fへ降りると、いつも夜番の若者ふたりがだらだらとテレビを見ていた。ゲストハウスの入り口付近では、酔っ払った西洋人がタイ人の女の子に介抱されていた。酔っ払った男は、女に肩を預けて街へ消えていった。こんな夜中になるとカオサンのはずれのここらあたりはさすがに静かだ。夜番の一人は自分のパンツにデザインでついているマークが気に入らないのか、カッターでちぎり取ることに熱中していた。もう一人はウツラウツラとねむりかけていた。テレビでは欧州のサッカーリーグ戦が流れてて、歓声とアナウンサーの絶叫が聞こえてくる。僕は一本ミネラルウォーターを宿に備え付けの冷蔵庫から買った。ちょっと贅沢して12Bのものを購入。結局贅沢をしたといえばこれぐらいか。

あっという間の1週間。ひさしぶりのバンコクは最初はホント大変化してしまったなぁと思っていたが、何日か歩いてみると昔と変わらない風景もたくさんあって、人のおおらかさ・ダラダラ加減も相変わらずで、「バンコクはバンコクなんだ!」となんだかよく分からない結論を出してみたりなんかする。

明日から、また会社の仕事に戻るということが今イチ実感として分からない。んーとりあえずイヤだな。

May 03, 2004

バンコク旅行記(5)

<5月3日(月)-リコンファーム再び&シーロム・スリウォンめぐり>

バンコクに来て5日目。6時にいったん目が覚めたのだが、なんとなくカラダがまだ疲れている。こちらにきて一番ダルさを感じた朝かもしれない。2時間弱ベッドで寝たりボーッとしたりして過ごし、8時前にようやく起床。昨日の朝よりも今日はカラダが重い。んー歳かな。昨日は結構早めに寝たし、今日には復活するかなと楽観していたのだけどどうもそんな調子じゃない。いつもは地図を広げてどこに行こうかなぁなんてことをあれこれ考えはじめる時間になっても、地図を見る気が起こらない。今日は昨日いけなかったエアチケットのリコンファームをする必要があったので、シーロム方面にもう一度行くつもりではいたが午前中から活動を開始する気分になれなかった。
午前中はこのBLOGの更新に時間を費やした。

午後。ようやく、活動する気分になったのでこの日のルームチャージを宿のおねーちゃんに支払い、出発。朝から何も食べていなかったので、バスストップ近くの屋台でタイ風チャーハンを食らう。
サイアムからシーロム線のスカイトレインに乗って、2つ目ぐらいの駅で下車。そこから徒歩7分ぐらいで、タイ航空のオフィスに到着する。昨日が定休だったおかげで、僕のチケットはフライトまで72時間を切ってしまっている。最近は、リコンファームしなくても無効にされることはほとんど無いと聞いているのでそれほど心配はしていないのだが、社会人の僕が旅行するシーズンというのは常に日本人のハイシーズンにあたるため、オーバーブックとか食らう可能性がゼロとは言い切れない。段取り重視派の僕としてはこのあたりはなるべくはずさないようにいつも心がけているわけだ。
リコンファームは問題なく終了。

さて、何しようか?

今日、宿を出る際にはルンピニー公園脇で毎夜開かれているというナイトバザールに行こうかと思っていのだが、それまでには全然時間がある。というわけで、シーロム通りとスリウォン通りを一通り散歩してみることにした。両方の通りを歩きぬくのにざっと1時間ぐらいはかかったかもしれない。歓楽街のパッポンなんかがあるエリアなので、ツーリスト向けのお店(レストラン、マッサージ屋さん)が多い。同時にビジネス街っぽい雰囲気もある。インド系の仕立て屋とか、銀食器っぽいものを扱っている店も見かけた。華僑系のお店はやはりそこそこあった。驚きがあるようなエリアではなかったが、これだけしっかりこの界隈を見て歩いたのははじめてだったのでそれなりに楽しかった。

スカイトレインの駅があるところ(今日のシーロム歩きの起点)に戻ってきた。結構歩いたせいか、再びだるいというか眠い。どっかカフェで休憩をしたいと思ったのだが、あまりいいお店がみつからず結局マクドへ。
チキンナゲットセットとコーラをほおばる。
そんなにのどは渇いていなかったが、疲れ気味のカラダにコーラの炭酸が強烈に効く。席の周りでは大学生だろうか、店内のお客をつかまえてアンケート調査(社会調査の実習とかだろうか?)をしていた。昨日、スクムビットで僕もアンケートを受けた。あるホテルの次期プロモーションのための旅行者向け調査らしい。タイはアンケート調査流行りだ。
そんな光景を見ながらも、だんだん瞼が重くなってきた。眠い。気がついたら20分ほど眠っていた。目は覚めたが、カラダのダルさは変わらない。今日は、ナイトバザールはやめよう。宿に戻る決心をした。時刻はまだ16:00。いつもに比べるとだいぶ早い時間の帰還となる。なんかもったいない気もしないではないが、部屋で2時間ぐらい寝て、元気を取り戻そう。明日5月4日は実質的に最終日なのだ。翌日の5月5日は朝7時30分の飛行機でバンコクを経たねばならない。明日のための精気を今晩は養おう。

バンコク旅行記(4)

<5月2日(日)-シーロム通りとスクンビット界隈のインド人街>

1週間の旅行も中間にさしかかった。昨日までは結構歩きまわって少しお疲れ気味な上に、最初に買ったサンダルが足にフィットせず、足の裏表いたるところにマメを作ってしまってそいつがちょっと痛い。日本からマキロンと数枚のバンドエイドは持ってきていたので、化膿したりなんてことはないとは思うが、やや歩きにくさを感じるのはちょっと不便だ。そんな訳で今日は、午前中の時間を宿のインターネットカフェで、BLOGの更新をするのに費やし、午後はシーロム通りのタイ航空オフィスへリコンファームへ行くことにした。また、そのついでにスクンビット通り方面へもアクセスして、インド人街を覗き、カレーを食べるというプランも加えた。


■カオサン界隈からシーロム通りへ

カオサンから、シーロム通りへ行く方法としては

1.カオサンから15番のバスでサイアムスクエアに行って、そこからスカイトレインでシーロムへ向かう。
2.旧来の方法でバスを乗り継いでいく。

の2パターンがあるが、バス好きの僕は2番目の方法をとることにした。バスマップを広げて考えた結果、53番のバスにのってフォアランポーン駅まで行き、そこからシーロム方面に行くと思われるいくつかのバスのなかから一番早く来るやつに乗ることに決めた。
53番は先日、チャイナタウンに行く際にも使ったやつなので、だいたいのルートは把握している。あの時は、チャイナタウン付近を通りこしてしまい、昔ジュライがあったロータリーの付近で降りた。今日はロータリーを越えて、しばらく進んだ。バンコクのバスルートは大通り(ラマ1世とか、ラマ4世とか、ヤワラーとか、スクンビット等)をまず把握すれば残りの細かいところは徐々に理解できてくるのだが、バスは小さい通りにもバンバン入っていく。バスマップでバスナンバーをトラッキングしていくと、ある分岐点で両方に同じバスナンバーが表示されていることもあり、よく迷う。これは誤植なのではなくて、バスが循環しているために起こることなのだ。そのバスはどっちのルートも通るのだが、外回り時に通過するのか、内回り時に通過するのかは実際そこを通る経験を経てみないと分からない。
53番バスもロータリーを乗り過ごすとそんな場面に出くわすことになった。最終的には、フォアランポーンと逆の方向に行ってしまうことになってしまったので、そのタイミングでバスを降りた。すぐに向いの逆方向へ行く53番に乗り換えると、すぐにフォアランポーンへ着いた。
そこから、(何番のバスだったか忘れたが)黄色の急行バスでシーロムへ直行。たしか10バーツ。エアコンが効いている快適なバスだ。
ルンピニー公園が見え始めたところで下車し、久々のシーロム通り到着。学生のころは、ビーマンバングラデッシュのリコンファームをするためにしばしば訪れたエリア。パッポンが好きな人にとってもおなじみのエリアかもしれない。
あるいてみると、「HP(ヒューレットパッカード)」とか、「アクセンチュア」とか外資系のご立派な企業が入っている大きなビルが結構ある。昔も結構ハイクラスな感じのするエリアだったがますます、規模が拡大しているようだ。
シーロム通りを一通り歩いてみる。この辺に航空会社のオフィスが軒を連ねていたようなが気がするんだけどなー、なんてもうあてにならないことが証明された過去の記憶をそれでも多少頼りにしつつ、きょろきょろしながら歩き回る。
でもなかなか見つからない。「アレー??」なんて本格的に悩み始める。ちょっと引き返してもう一度見て回ろうかなと思った矢先「タイ航空」のあのロゴマークが僕の目に入ってきた!あっあれだ!タイ航空オフィス発見!今回の旅ではあきらめかけるギリギリの瞬間に発見とか、次のステップへの扉が開かれることが多いような気がする。
喜び勇んでオフィスへ入ろうとしたが、残念。。。。。今日は日曜でオフィスはクローズとのこと。無駄足を食ったわけだが、シーロム界隈を歩き楽しむことにした。

■バンコクのTシャツはオモロイ!

バンコクの若者のTシャツに漢字やカタカナが入っているものをよく目にするので気になっていた。「虎」とか「フランチェスカ」とか(フランチェスカってなんですか?)シーロム通りの、Tシャツの露店を見ているとユニークなもの(主に下ネタ)が多い。パッポンがあるエリアということも手伝っているのだろう。たとえばナイキの「Just Do It!」をもじって「Just Did It!」(ナイキのブーメランのようなあのロゴはひょろひょろとした精子をイメージさせるものに)、「Cocacola」が「Cocaine」に、「KFC」が「KGB」に。。。結構お間抜けだったので、何着か買ってしまった。
さて、露店めぐりを一通り終えたところで、スクムビットへ行くため再びバス停にたつ。

■スクムビットのインド人街

シーロムからはまず、伊勢丹エリアへ向かうバスに乗って、そこから2番のバスに乗り換えてアクセスした。
スクムビットへは、昔、バングラデッシュのビザをとるために来たことがあったり、夜飲みに連れて行ってもらったことが1回あったぐらいだろうか。あまり詳しくない。初めて本格的に歩いてみての印象は西洋系の人たちがホント多いなぁということ。
「80年代安宿街」を読んでみると、かつては西洋系の旅行者(ベトナム従軍兵)が集まる安宿エリアだったようだ。なんか、疲れた感じのデブっとした西洋人達が通りに面したバーでビールをかっくらっているシーンをよくお見かけしたのだが、彼らはリタイアした軍人さんたちだろうか?
ソイ3~11あたりが「インド人街」らしいとの情報を仕入れていたので、実際覗いていたが「いかにもインド!」って感じはしなかった。確かにヒンドゥー語の看板はほかのところよりは多いかもしれない。でもなぁ。。。って感じです。ちょっとインド系のめし屋さんとか、仕立て屋さんがあるなって程度の印象を受けました。僕がイメージしていたのが、もっと印僑の人たちがアグレッシブに商売してたり、ヒンドゥーの神様が派手に祭られているイメージがあったので、ちょっと残念(勝手ながら)。でも、せっかくやってきたのでカレーは食って帰ろうと思い、いくつかの店のなかの1店に入った。チキンカレーとナン、パイナップルジュースを注文。味は良かった。料金はミネラルフォーター込みで190バーツ。レストランの料理となるとまあこんなもんか。600円弱で、おいしいインド料理が食えたんだからまあ、いいよね。

今日も結局、そこそこ歩いてしまった。天気が曇り気味だったため、汗はそれほどでもなかったが、のどがビールを欲している。宿に戻って、今夜はテラスでビール片手に日本から持ってきた文庫本を読んで過ごそう。

May 02, 2004

バンコク旅行記(3)

<ウィークエンドマーケット>

さて、ウィークエンドマーケットの話。
あのマレーシア人と別れたあと、サイアムスクエア近くのバス停から29番のバスに乗り込みマーケットへ一人向かった。マーケットで何か買おうかという目的は特になかったが、どんな国に行ってもその国のマーケットに行くのが僕の旅の楽しみの一つだ。だから意味もなく楽しい気分になってしまう。

実はバンコクには過去、3,4回来たことがあるのだが、ウィークエンドマーケットは初体験。初めて、バンコクに来たとき一度だけチャンスがあったのだが、その時バンコクの右も左も分からない僕をガイドしてくれる予定だった日本人のオッサンが途中で気が変わってチャイナタウンのエロビデオ屋があるエリアで途中下車してしまったのだ。それきり、なんとなくチャンスを逸してしまっていた。
そのときから数えて9年ぶりのリベンジとなる。
さて、どんなところなんだろう。
向かう方面は北部のバスターミナルのあるエリアに近い。ビクトリーモニュメントを過ぎてしばらくいくと、露店が並ぶエリアが現れる。もう降りてもいいかな、もういいかなと思い始めてから10分ぐらい我慢すると、ようやくマーケットらしい雰囲気のある建物が見えてくる。「おおっ!」と心の中で軽く叫ぶ。
マーケットの北側の端にやや近いバスストップで下車。もうすごい人だかり。観光客もそこそこいるがそれ以上にジモピーがたくさん!んーホント庶民のマーケットなんだねぇ。
エリアは大きく分けてこんな感じ(記憶頼み)
■生活雑貨ゾーン
■家具ゾーン
■ペットゾーン(中国人が好きそうな鯉とか、金魚とか、リスとか・・・)
■衣服ゾーン
■至るところにレストランゾーン

あと、何種類かエリアがあったはず。。。けど、思い出せない。
意外だったのは、豚ヘッドとか結構グロテスクな生々しい食材が売られているエリアがあるかなぁと思ったのだが見当たらなかったこと。
値段はやはり全般的に安い。カオサンに比べて、2割安といったところかな。
インスピレーションが働けば、ここで土産モノを買おうかなと思ったが、灼熱の太陽に脳みそが溶けてしまい、よい案が浮かばず。自分のサンダルとTシャツだけを買ってあとはノーバイ。午前中に、色々動きまわったのが午後になって疲れとして出てきてしまったみたいだ。3時間ぐらいブラついただろうか、1回訪れただけではなかなか見切れない広くて雑多で、騒がしいマーケット。結構好きな部類に入るかな。

マーケットをあとにするともう4時を過ぎていた。結構、足は疲れてる。帰りはスカイトレインに乗ることにした。ウィークエンドマーケット付近がちょうど最終駅なのだ。最終駅のMo ChitからSiamまで30バーツ。購入は自動券売機にて。スカイトレインを頻繁に利用する予定のある人には1日、3日乗車券などの便利なチケットもある。初めてスカイトレインに乗った感想は、快適の一言。エアコンがばっちり効いているし、それほど込み合ってもいない。そして何よりもバスからは見えない、俯瞰することで初めて知ることができるバンコクの姿に出会えるのは結構ポイントが高い。再開発エリアや、普通の民家群、朽ち果てた建物などなど。。。視点が変わることで分かっていたつもりのものも、実はまだまだ何も知らないんだなということをつくづく実感させられる。サイアムで下車したあとは、Siam Discovery Centerで少し休憩してから、いつものごとく15番のバスでカオサンへ戻った。宿に着いたのは20時ぐらいだっただろうか。今日はやけに疲れた。シャワーがものすごく気持ちいい。あー早くビールが飲みたい!ウィークエンドマーケットで買ったばかりのTシャツをシャワー上がりにさっそく着て、屋台へ向かった。屋台近くのセブンイレブンで缶ビールを買って持ち込み、今夜は鶏肉と野菜の辛い炒めものと、あっさり青菜の炒めものをのっけたぶっかけメシでディナー。ビールとあわせて合計60バーツ(約180円)。胃が小さくなっているのか、これだけで結構お腹いっぱいになった。

ほろ酔いのまま宿に戻り、さらにビールをビンで一本。軽快に酔いが回る。宿1Fのテラスでうとうと眠ってしまった。今夜は日付が変わった頃ジャストに就寝。

バンコク旅行記(2)

サワディーカッ!

今日でバンコク4日目。あっという間に中日を迎えたわけで、昨日まで歩きまくったので少々お疲れ気味。今日はちょっとばかしゆっくり時間を過ごすつもり。午後はシーロム通りの航空会社オフィスが集まっている界隈に行ってリコンファームをする予定。あと、スクンビット通りのインド人街にはいったことがなかったので、そちらへも遊びに行こうかなと考え中。

引き続き3日目の動きについてまとめまする。

5月1日(土) 今日は土曜日なので、ウィークエンドマーケットへ行くことにした。昔はカオサンからだとバスを乗り継いでいく必要があったけど、今はスカイトレインができたおかげで、とりあえずサイアムスクエアまで出れば、あとはエアコンの効いた心地良い移動が可能となった。実は今回のウィークエンドマーケット、連れができてしまった。

この話からはじめよう。

昨日、チャイナタウンをぶらぶらしていると、女性2人組が英語で話しかけてきた。午後3時ぐらいだっただろうか。「カオサンロードにはどのバスに乗ればよいですか?」と。2人を見ると現地の人っぽかったが、旅行者風のちょっとお洒落な格好をしているし、最近は近隣のアジア(マレーシアとかシンガポールとか)からややリッチな人たちが遊びに来ることもしばしばなようなので、まあそんな感じなんだろうと思って応対してみることにした。僕がバスマップを広げると、「へぇーこんなのあるんだ」って感じでちょっと驚いていた。いくつか、カオサンへ戻るバスのルートを挙げていると、不意に「どこの人?」と聞かれた。「日本、東京」と答えると「あっ日本!ワタシサイタマヨ!」と片方が急に日本語になった。少し日本語ができるらしい。2人はマレーシア人で、旅行に来ているとのこと。日本語ができるほうの女性はかつて日本で働いていて、今回の滞在のあとまた日本へ仕事へ行くらしい。2人はタイ語も良くわからないようだし、迷っているようだった。それにしてはガイドブックとかも持ってないし、備えのない無用心な人たちだと思った。宿はカオサンに泊まっているとのこと。2人にバスのルートを教え、別れようとしら「あなた明日はどこに行くの?」と聞かれたのでウィークエンドマーケットのことを話すと、連れて行ってほしいと言われた。ちょっとめんどっちーなーとは思ったが、旅は道連れなところもあるので、いいよと答えた。すると携帯の番号を記した紙を渡されてこのナンバーに明日かけてきて、と。「あんた旅行者なのにドメスティックコールができるセルフォンなんでもってるの?」と尋ねると、マレーシアとタイはちょっと手続きすればすぐに使えるようになるらしい(東南アジア間ではローミングサービスとか始まってるのかな?)。明日のAM8時過ぎぐらいに電話する旨を伝えてその日は別れた。

翌朝。社会人になってから海外旅行をすると、なぜか早起きになってしまう。昔みたいに1ヶ月とか2ヶ月とかぶらぶらできないので、1日あたりの活動量が増えるためだろう。歩くのをメインにバスを乗り継いだりして、訳わかんなくなるぐらいあちこち巡るのが好きなので、夜になるとエンジンが切れてしまう。そこに、ビールが入るといい感じに至福の時がやってくるのだ。12時とか1時には確実にベッドに入っている。僕の場合5時間寝ると結構、復活するので朝は6時か7時ぐらいには起きる(日本でもこうありたいものだ)。カオサンロードを朝、散歩してみると夜の喧騒とはまったく違う顔に出会えるので結構新鮮。朝まで、酒をのみつづけた西洋系の旅行者をたまに見かけるが、通りは全体的に閑散としている。人が少ないということは、この時間帯を知っている旅行者も少ないということだ。朝、早く起きたものだけが知っているこの通りの風景を、ちょっと大げさな言い方だけど、“独占してる”って感覚がちょっとよぎる。

屋台でフレッシュジュースと、炭焼きのトーストを買って、散歩がてら朝食をとったあと宿に戻る。さて、昨日のお姉ちゃんたちどうしよう?ちょっと考えてみて、怪しいところがまったくないわけではない。大体、日本語使いというのがそもそも怪しいのだ。過去、いろんな国のいろんな日本語使いにあってきたけど、ウラがあることが多かった。ナイスな日本語使いばっかりだったのはイランぐらいで、インドもトルコも、んーあんまりいい思い出はないなぁ。そんな過去の経験値から、連絡をしないという選択肢当然あったのだが、2人の様子を思い出してみると、ホントにバンコクの事情に不案内な感じが見受けられたのがちょっと可哀相だったし、連絡しないことで嘘つきと思われるのもちょっといやだった。まあ、疑い始めるとキリがないので、とりあえずこの誘いに乗ってみようと決心した。もしものことがあるので貴重品は一応部屋においておくことに。

通りにでて、公衆電話から昨日渡された紙に書いてあるナンバーに電話をかけてみる。何回かコールがあった後、女性がでた。僕の名前を伝えると、「おー!」とちょっと驚き気味。かけてこないだろうと思ってたのだろうか?あんまり当てにされてなかったのかな。カオサンのマクドナルド前で待ち合わせることに。15分後、マクドナルドに到着。昨日の2人がいた。挨拶を交わして、いざバス停へ。15番のバスでサイアムまででて、そこからスカイトレインか、29番のバスに乗り継ぐ予定にしていた。バス停付近に行くと、大きなデモというか、行進している赤いTシャツを身にまとった男女の一団にでくわした。今日は5月1日でメーデーだし、賃上げ要求でもでもしてるのかなと安易に考えていたが、あとで近々行われる選挙のPRだと分かった。それにしてもこの巨大な集団のおかげで、バス停にバスが止まれない状況が生まれてしまっている。しばらく途方にくれていたが、2人組の片方(日本語ができないほうの女性)が、調子が悪いらしく、どうしたの?と聞くと日本語のできるほうの女性が「She is Asthma.」と答えた。
薬を忘れたので、病院か家(?)に一旦とりに行きたいという。僕自身が、喘息(Asthma)なので、しんどい時の呼吸の苦しさと不安は理解できる。だから、いいよと答えた。バスはしばらく待っていても来る気配がなかったので、タクシーを拾うことにした。そのときの僕の理解は「1.薬を手にとりいいくために、病院かその女性のバンコクでの家に行く 2.そのあとウィークエンドマーケットへ行く」だった。

これが違った。

タクシーに乗った。45分ぐらいだろうか、選挙PRの行進による渋滞も手伝って結構長く乗ることになった。車中では色々な話をすることができた。2人は姉妹であること(日本語ができるほうが姉)、姉は歌手で日本のハードロックカフェなどで歌っていたとのこと、スペシャルティは宇田ヒカルだということ、妹は今は富士通のマレーシアの現地法人に勤めていること、両親はタイに住んでいること、などなど。。。
よく分からない話もあったが、まあいいやとおもって車中を歌をうたったりして過ごす。みたこともないかなりローカルなエリアの某路地に到着した。2人の家みたいだ。あれ?カオサンに宿をとってるっていう話を急に思い出して、ここに家があるのになんで???と心の中で少し思い始める。中に入ると2人の両親(多分)が出迎え。んー展開がよくわからんぞ。とりあえず妹に薬を服用してもらいたい。その間、その親父らしき人と軽く会話をした。バンコクは何回目か?バンコクでの良い経験は?悪い経験は?兄弟は?仕事は?日本は今何時だ?などなど、他愛もない話ばかり。。。しばらくすると、その親父は自分の「ビジネス」について語り始めた。アジア訛りなうえに、話が勢いに乗ってきてしゃべりのスピードもぐんぐん上がる。何をいっているのか十分には聞き取れなかったが、「大きな船のなかで働いている」だとか、「ディーラー」だとかという言葉は聞き取れた。船のことはよくわからなかったが、ディーラーと聞いて、株のトレーダーかなんかしてるのかなぁと勝手な理解をした。コミッションなんて言葉も聞こえたので、ますます株の話かなと解釈してしまった。

そんな話をしていると、昼食の用意ができたらしい。旅行していて、現地の親切な方が家に招いてくれてご飯をごちそうしてくれるなんてことは、学生時代たまにあった。久しぶりにそんな出来事にでくわしたのかなと思って、テーブルについた。いわゆるマレーシアの家庭料理って感じのものをだしてくれた。タクシーでの移動がメインだったので、それほど腹はへっていなかったが、出されたものを食わないのも悪いので、結構がっついた。もちろん、変な薬(睡眠薬とか)が入ってない可能性も無視できないので、飲み物や食べ物は2人の姉妹もちゃんと食べ飲みしているのを確認してから口にした。おいしゅうございました(岸朝子風)。

食後、妹も復活したようだったので、いざマーケットへ行こうとおもったとき、親父が2Fに来てくれという。メシもおごってもらったので断るわけにもいかず、ホイホイついていくと、親父の部屋に通された。親父が自分のテクニックを見せてくれるという。「テクニック?」と思ったがすぐに分かった。
カードゲームだった。

そういうことか、とやっと理解した。ディーラーというのは、株じゃなくて、カジノのディーラーのことだったんだ。だから船の話がでてきたんだ。この親父は客船の船上カジノでディーラーをやっているわけだ。
すべてが理解できたので、あとはこのオッサンの相手をしつつ、どのタイミングで話を終わりにしようということだけを考えていた。でも、まあいい経験なので、どんな手をつかうのかについてスタディさせてもらうことにした。

<スタディのサマリー>
 ○オヤジはブラックジャックについて語る。で、日本人の俺とコンビを組んでお金を儲けようと持ちかける。>

 ○オヤジがディーラーをやり、僕が客をやる。2人でうまくイカサマ(テクニック)をつかって、親(バンカー)からガンガン稼ぐ。今日はそのための予行練習だという。
 
 ○テクニックはブラックジャックの次にでるカードを微妙に手でずらして僕に見せると同時に、 バンカーのカードをオヤジの10本の指を使って暗号的に知らせるというものだ(んー僕はこの方面のことに詳しくないけど、ちょっと幼稚じゃないか?)

 ○ブルネイ人の名前が出てくる(金持ちだからかな)。あと、コンビを組んでいるオカマがケチで以前、取り分でもめた。できれば大好きな日本人と組んで、ちゃんと儲けたい。

 ○オヤジ曰く「これはビジネスだ、ギャンブルじゃない。そこんとこヨロシク」

 ○僕がオヤジとパートナーと組んでも、最終的に損をするのは僕のはずだ(こんな素人がカジノで簡単に儲けられるはずがない)。カジノの現場で僕がはめられるシナリオが用意されているはずだ。

十数回、練習をした。うまくいくと、「ベリーグッド!」とオーバーアクションでほめる。僕が間違いを起こすとこれはこういう理由でこの選択はダメだ、と懇切丁寧に教える。それにしても、あらためて実感したのだが、僕はこの手のゲームの飲み込みが本当に下手だ。何回やっても正しい判断ができなかった。

と、そこへオカマが登場。あーさっき言っていたケチなオカマというのはこいつのことか。。。
「あんたいくつ?」と聞かれ「29」と素直に答えると、「あら、ワタシの彼よりも若いわ」なんてことを言っていた。
で、いつの間にかこれまで練習したゲームをはじめることに。何回かやっているうちにオヤジが「4000バーツかけろ」といい始めた。僕は意味が分からなかった。ゲームを始める前に一応「これは本番じゃないよね?(Isn't it a real game?)」と確認はとっておいたので、そのことを念押しすると、オカマが急に切れた!"Don't speak Japanese! Speak English!"。。。なんだと、 このカマ、俺は今英語でしゃべっただよ!発音悪くて悪かったな!と思いながら、おなじことを今度は多少発音に気をつけてリピートした。オカマも負けじと「この勝負、降りるのね!降りるのね!(降りたらこれまでベットした分いただくわよ)」みたいなノリでまくしたてるので、僕はオヤジに「話が違うじゃねーか!フィニッシュだ!フィニッシュ!」と大声でわめいた。オヤジもあわてたようで、「違う違うこれはリアルゲームじゃない!ごめんごめん」といってカマ野郎を部屋から追い出した。ぼくはもう潮時だとおもっていたので、「もうおしまい。こういうやり方はきらいだ。サイナラ」といって2Fから降りた。オヤジは「ソーリー」といいながら抱擁してきたが、振り切った。このまま、でていってもよかったのだが、 姉が下でテレビを見ていた。多少日本語ができるはずなので「マーケットいくつもりないんだったら、俺帰るよ」と言った。すると「マーケット、いこうよ」とサバサバと答えた。2人がホントにマレーシア人なのは分かっていたので(タクシーの運転手ともうまくコミュニケーションできてなかったし)、多少なりとも本気でマーケットへの興味があるかどうかを確認してみたのだ。そしたら、2人とも行くというので、再びタクシーを拾った。ここで拾ったタクの運ちゃんはまったく英語ができないようで、マーケットのことを言ってもまったく通じない。だから、とりあえずサイアムスクエアに言ってくれと伝えた。これは通じた。

タクシーの車中、僕からの事情聴取がスタートした。「なんだ、あのオヤジは?」「君らマーケットに行きたかったんじゃないのか?」「そもそもカオサンに泊まっとったんじゃないのか?」など。。。これらの質問に対して、妹(妹はさっきの2Fにおやじと同席していたのだ)が丁寧に答えたが、姉は「眠くなってきた」といって無言。途中、妹の携帯がなった。母親と話をしているようだった。電話を切るとおばあちゃんの容態がちょっとわるくなったらしいとのこと。見舞いにいかなければならないらしい。ちょうどサイアムスクエアに到着。本来ならここからバスを乗りついてマーケットへ行くつもりだったが、2人は病院にいかなければならなくなった。まあ、この話も本当なのかどうか分からない。作戦が失敗したので、基本的に僕にはもう用はないはず。母親が適当な理由を作って電話をして、2人に助け舟をだしたと考えるのが普通だろう。
サイアムスクエアでバスマップを広げて、一応2人が病院があるといっているエリアへ行くためのバスルートを伝えた。そこで2人とは別れた。わざわざサイアムスクエアまで移動した段階で別れるステップを踏んだのは、極力怪しまれるのを避けるためだろう。まぁ、うるさく突っ込んでもしょうがないので、これ以上2人を攻撃するのはやめた。

すでに午後1時近く。だいぶ時間をロスしてしまった。やっと、これでマーケットへいけるわけです。前段の話がながくなってしまった。本題の話はまた別記事にて。

May 01, 2004

バンコク旅行記(1)

例年に無い大型のGWを、当初は仕事の関係で国内で過ごす予定だったのだが、その仕事から外れることになり、ダメ元で4月に入ってから旅行会社にバンコク往復のチケットが手配可能かコンタクトしてみた。そしたら、ちょっとウェイティングしただけで結構あっさりとれてしまった(この前の年末年始の時期は、今回よりも周到に準備をしたのにカスリもしなかったのに。タイミングとは怖いもんだ)。

本当は毎日、この旅のブログをつけるつもりだったが、すでに3日目。夜メシの時にビールを体に流し込んじゃうと、もうダラ~として何もする気がなくなっちゃうのよね。で、今日は今のところまだ一滴もアルコールを入れてないので、こんな次第で書けているわけであります。

昨日までの動きを簡単にまとめてみると。。。

4月29日(木) 21:00バンコク着 タクシーと交渉してカオサンロードへ。6年ぶりのカオサンはまったくといってよいぐらい変貌していた。マクドはあるわ、スタバはあるわ、地面は石畳だわ、売り物にご丁寧に値札が付いてるわ、でちょっとビックリ。宿はカオサンをはずして、チャオプラヤ方面にやや近いゲストハウスに。ダブルベットの部屋で1泊150バーツとのこと。まあ、相場っしょ。この晩はバーミー食って、CHゲストハウスの下のレストランでビール飲んで2時ごろに就寝。

4月30日(金) 8:00頃起床。午前中は宿に併設しているインターネットルームにて、日本にやり残した仕事をこなす。IMとフリーメールでバンバン、日本の仕事場の人たちとコミュニケーションしまくる。おかげで、いくつか仕事が片付いた。午後からはチャイナタウンへ赴く。カオサンでスカイトレインの路線図も反映されたバスマップを購入(40B)して、どのバスがいいか調べる。カオサンから少し歩いたところにある53番バスが停まるバス停がよさそうだ(全体的に、98年ごろと路線自体は大きく変わっていないようだ)。バスにのったはいいが、降りるところ間違えてヤワラー通りに行き着くまで1時間ぐらい余計にかかってしまった。なんとなく景色は覚えているのだが、なんかちょっとずつズレてんだよな~。ヤワラーに入り込むのに時間がかかってしまったので、この日はひと通り大きな通りだけを歩くことにする。泥棒市場とかそのほかのディープチャイナタウンは後日、また来ることにした。久々に「金行」の看板が立ち並ぶけばけばしい通りを歩いていると、やはりちょっと興奮しますな。世界にはいたるところにチャイナタウンがあるし、そのすべてを僕は知っているわけじゃないけど、すくなくともこのバンコクのチャイナタウンは結構エキサイティングな場所だと思う。チャイナタウンを過ぎて、フォアランポーン駅まで歩いてみる。ここでも軽く道に迷ったが、そいつは省略。駅に入ってみると、こちらも超近代化を成し遂げていたのでビックリ。さすが世界でも有数の旅行者の集まる国、その中央駅だけあって、旅行者フレンドリーな設備投資がなされています。チケッティングのところはモニター画面になっていて、英語表記でわかりやすく目的地が表示されています。すばらしい。このほかにもインフォメーションブースが増えていたり、レストランが増えていたり。。。あと、偶然子供たちの絵の展示会が駅イベントスペースで開かれていた。お姫様の絵なんかがあったりして、小さい子供の書く絵って、国が違っても結構作風って共通しているもんだなぁとおもったりしたのだが、これってジャパニーズアニメの影響かな?駅を去ってからは、サイアムスクエアへアクセス。「キルビル2」がもし始まっていたら、観ようかなと思っていたのだが残念。バンコクでのスタートは5月20日からとのこと。今やっている映画のポスターをざっと眺めたが面白そうなのがまったくなかったので、百貨店を軽く冷やかしてから15番バスにてカオサンへ戻る。21時ごろホテル着。1日中歩きまくったので、結構つかれちった。足も棒で、できることなら銭湯で電気風呂につかりたいところだが、あるわけもなく、水シャワーにて汗を流す。屋台でぶっかけメシを食って、ホテルに帰ってビールを飲みながら坂村健の」「痛快!コンピュータ学」を読もうとおもったが、びっくりするくらいに酒がグルングルン回ってまったく読めず。日付が変わるころにキレイにバタンキューいたしやした。

今日の動きも書くつもりでしたが、腹がへってきたのでメシを食いに行ってきます。
シーユーレイター。

4月29日(木) 21:00バンコク着 タクシーと交渉してカオサンロードへ。6年ぶりのカオサンはまったくといってよいぐらい変貌していた。マクドはあるわ、スタバはあるわ、地面は石畳だわ、売り物にご丁寧に値札が付いてるわ、でちょっとビックリ。宿はカオサンをはずして、チャオプラヤ方面にやや近いゲストハウスに。ダブルベットの部屋で1泊150バーツとのこと。まあ、相場っしょ。この晩はバーミー食って、CHゲストハウスの下のレストランでビール飲んで2時ごろに就寝。

4月30日(金) 8:00頃起床。午前中は宿に併設しているインターネットルームにて、日本にやり残した仕事をこなす。IMとフリーメールでバンバン、日本の仕事場の人たちとコミュニケーションしまくる。おかげで、いくつか仕事が片付いた。午後からはチャイナタウンへ赴く。カオサンでスカイトレインの路線図も反映されたバスマップを購入(40B)して、どのバスがいいか調べる。カオサンから少し歩いたところにある53番バスが停まるバス停がよさそうだ(全体的に、98年ごろと路線自体は大きく変わっていないようだ)。バスにのったはいいが、降りるところ間違えてヤワラー通りに行き着くまで1時間ぐらい余計にかかってしまった。なんとなく景色は覚えているのだが、なんかちょっとずつズレてんだよな~。ヤワラーに入り込むのに時間がかかってしまったので、この日はひと通り大きな通りだけを歩くことにする。泥棒市場とかそのほかのディープチャイナタウンは後日、また来ることにした。久々に「金行」の看板が立ち並ぶけばけばしい通りを歩いていると、やはりちょっと興奮しますな。世界にはいたるところにチャイナタウンがあるし、そのすべてを僕は知っているわけじゃないけど、すくなくともこのバンコクのチャイナタウンは結構エキサイティングな場所だと思う。チャイナタウンを過ぎて、フォアランポーン駅まで歩いてみる。ここでも軽く道に迷ったが、そいつは省略。駅に入ってみると、こちらも超近代化を成し遂げていたのでビックリ。さすが世界でも有数の旅行者の集まる国、その中央駅だけあって、旅行者フレンドリーな設備投資がなされています。チケッティングのところはモニター画面になっていて、英語表記でわかりやすく目的地が表示されています。すばらしい。このほかにもインフォメーションブースが増えていたり、レストランが増えていたり。。。あと、偶然子供たちの絵の展示会が駅イベントスペースで開かれていた。お姫様の絵なんかがあったりして、小さい子供の書く絵って、国が違っても結構作風って共通しているもんだなぁとおもったりしたのだが、これってジャパニーズアニメの影響かな?駅を去ってからは、サイアムスクエアへアクセス。「キルビル2」がもし始まっていたら、観ようかなと思っていたのだが残念。バンコクでのスタートは5月20日からとのこと。今やっている映画のポスターをざっと眺めたが面白そうなのがまったくなかったので、百貨店を軽く冷やかしてから15番バスにてカオサンへ戻る。21時ごろホテル着。1日中歩きまくったので、結構つかれちった。足も棒で、できることなら銭湯で電気風呂につかりたいところだが、あるわけもなく、水シャワーにて汗を流す。屋台でぶっかけメシを食って、ホテルに帰ってビールを飲みながら坂村健の」「痛快!コンピュータ学」を読もうとおもったが、びっくりするくらいに酒がグルングルン回ってまったく読めず。日付が変わるころにキレイにバタンキューいたしやした。

今日の動きも書くつもりでしたが、腹がへってきたのでメシを食いに行ってきます。
シーユーレイター










夜のカオサン 朝のカオサン

夜カオサン

朝カオサン